【翻訳】ぼくのヒーロー by ポール・グレアム
ジョブズが亡くなってあっという間に6年が経った今、このエッセイの「スティーブ・ジョブズ」の項目を読むと、胸に迫るものがある。半ば神格化された感のある「ジョブズの本質」について、グレアムの表現がもっとも的確だと思う。
ポール・グレアムは、大学でコンピュータサイエンスを学んだのちに、画家になりたくてイタリアに留学している。ITとアート。当時は相当に異色の組み合わせというか、キャリアの逸脱だと思われたのじゃないかしら。大学でカリグラフィー(西洋の書道)の授業に出ていたというジョブズにちょっと似ている。
なお、ジョブズが死んだ際には、グレアムは追悼のエッセイを書いていません。そういうところも、ちょっとかっこいい。
Some Heroes
ぼくのヒーロー(抄訳)
2008年4月
書くのを楽しみにとっておいたネタがある。「ヒーロー・リスト」はその一つだ。
これは偉人をずらずら並べたてたリストなんかじゃない。そんなもの、つくろうとしたって誰ができる?
たとえば、アインシュタインはたいていの人が偉人として名を挙げるだろうけれど、ぼくのリストにはいない。アインシュタインはその名声に違わず頭がいいのかと物理学者の友人にたずねたことがあるが、彼女の答えは「その通りよ」だった。ではなぜリストに名前がないのか? ぼくには彼のすごさが分からなかったからだ。このリストにあるのはぼくがこれまで影響を受けてきた人たちであって、その偉業を理解したらぼくが感化されるはずという人の名ではない。
選ぶ基準はこうだ。誰かのことを思い浮かべ、「この人はぼくのヒーローだろうか?」と自問する。その結果には驚かされることが多い。たとえば、エッセイという表現形式の生みの親とも言えるモンテーニュについてはノーだった。なぜ? つまり、ぼくが「ヒーロー」とするのは、なにか自分の行動を決めるときに、あの人ならこの状況でどう振る舞うだろうかと考える人物のことなのだ。これはただ褒めるよりも基準が厳しい。
できあがったリストになにか一貫性があるだろうかと見直してみたら、非常に分かりやすいパターンがあることに気づいた。リストに名前の挙がった人には、必ず二つの資質が備わっている。過剰と言えるほど仕事に心血を注ぎ、かつ文句なしに誠実。誠実というのは、信頼がおけるというよりも、決して迎合することがないという意味だ。彼らには周囲の要求に応えるための発言や行動が一切ない。だからこそ破壊分子の素質があるのだが、みな多かれ少なかれそのことを隠しているのである。
ジャック・ランバート
ぼくは1970年代のピッツバーグで育った。あの当時の土地の者でなければ、スティーラーズに対するぼくらの思い入れがどれほどのものだったかを想像するのは難しい。地元の話題はどれもこれも暗かった。鉄鋼業は死につつあった。だがスティーラーズは最高のフットボールチームだったし、それに、ある意味で町の気質を反映していたように思う。小派手なことはしないが、黙々と仕事をやり遂げる。
もっと有名な選手は他にいた。テリー・ブラッドショウ、フランコ・ハリス、リン・スワン。攻撃担当は人気があった。それでも十二歳のフットボール・オタクであるぼくにとっては、ジャック・ランバートが最高の選手だった。彼をそれほど優れた選手にしていたのは、その徹底的な粘り強さである。単に良いプレーを心がけていただけではない。その姿勢は過剰といえるほどだった。ボールが敵側に渡った時の様子たるや、まるで彼自身に対する侮辱であるかのようだった。
70年代のピッツバーグ郊外はおそろしくさえない場所だった。学校は退屈。大人たちはみな大企業での勤めにうんざりしていた。マスメディアから流れてくるものは、(A)のっぺりと画一的で、(B)どこか他の場所から来たものだった。
ジャック・ランバートは違った。彼はぼくが初めて目にするタイプの人間だったのだ。
ラリー・ミハルコ
子ども時代のある時期に、立派な教師に巡り会えた経験のある人は大勢いる。ぼくの場合はラリー・ミハルコ先生である。思い返してみるに、三年生と四年生の間ははっきりと線で区切られているかのようだ。ミハルコ先生と会ってから、すべてが変わった。
なぜか? まずなんといっても先生は知的好奇心に溢れていた。他にも頭の良い教師はいたけれど、その人たちに知的好奇心があったとは言えない。今にして思えば、小学校の教師であるのが場違いな人だったし、先生も自覚していたと思う。それは彼にとって辛いことだったに違いないが、ぼくら生徒にとっては素晴らしいことだった。彼の授業は常に冒険だった。ぼくは学校に行くのが毎日楽しみだった。
もうひとつ、彼が特別だったのは、先生がぼくらを好いてくれていたことだ。子どもは大人をちゃんと見抜いている。他の教師はせいぜい、みんなに優しくて公平でというのが関の山だった。けれど、ミハルコ先生は心からぼくらの仲間になろうとしているように見えた。
四年生最後の授業の日、先生は備品の重いレコードプレイヤーを教室に持ちこみ、ジェームズ・テイラーの『You've Got a Friend 』をぼくらに聞かせてくれた。「ぼくの名前を呼ぶだけでいい、どこにいたって君のところへ駆けつけるよ」
彼は59歳のとき肺ガンで亡くなった。ミハルコ先生のお葬式のときほど泣いたことは、後にも先にもない。
ジェイン・オースティン
ジェイン・オースティンを称賛しない人はいない。かくいうぼくも、オースティン好きの一人である。昔からずっと一番お気に入りの作家だ。
ぼくは物事の仕組みというものに興味がある。小説を読んでいるとたいていの場合は、物語の展開と同じく、作者の意図が気になってしまう。だがオースティンの作品には、仕掛けが見えてこない。ぼくは物語が動く仕組みを知りたくてたまらないのに、どうしても見つけられないのだ。オースティンの文章が巧みすぎて、物語が作りものに見えないのである。
まるで実際に起きた出来事を説明した文章を読んでいるようなのだ。
若い頃は、ぼくはたくさん小説を読んでいた。今はもうあまり読めなくなってしまったのだが、その理由は、小説の情報量では物足りないからである。歴史や評伝に比べると、小説はあまりにも中身が薄く思えてしまう。
だがオースティンを読むのはノンフィクションを読むことに似ている。読者がオースティンの気配を感じられないほど、彼女の文章は素晴らしい。
スティーブ・ジョブズ
ケネディ暗殺のニュースを聞いた時に自分がどこにいたかを正確に覚えている人は多い。ぼくは友人から、スティーブ・ジョブズが癌だという話を聞いているかと尋ねられた時、自分がどこにいたかをはっきりと思い出せる。足下の床がすっぽり抜け落ちたような感覚。その友人はすぐに、癌といっても運良く手術で取り除けるタイプだから命に別状はないのだと教えてくれた。でもそれを聞くまでの数秒間は長く感じられた。
ジョブズをこのリストに載せるべきかどうか分からない。アップルに勤めている人で、ジョブズを恐れている者は多いという。これは悪い兆候だ。それでも、彼を称賛せずにはおられない。
スティーブ・ジョブズを誰かに例えることはできない。それというのも、彼が現れる以前に似たような人間は誰一人いなかったからだ。彼が自分でアップルの製品をデザインしているわけではない。歴史的な視点で考えると、ルネサンス期における芸術のパトロンがやっていたことに一番近い。企業のCEOとしてジョブズが独特なのはその点である。
CEOの多くは、製品の趣向を部下任せで決めている。デザインが一貫性を欠いてしまうのは、程度の差こそあれ、彼らが行き当たりばったりに選んでいるからだ。
しかしスティーブ・ジョブズは、確固たる独自の審美眼をもっている。そのあまりに素晴らしいセンスでもって、デザインというものが考えるよりもはるかに重要だと、我々に示して見せたのである。

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