降れば土砂降り

読書、語学および常に失調している自律神経について

死ぬ死ぬ詐欺

10月の初めに老人が誤嚥性肺炎になって、2ヶ月経つ。
当然ながら「治る」ことがないので、あとは死にゆくのをただ待つだけ。

1ヶ月ほど入院して、いったんは入居していた施設(サービス付き高齢者住宅。サ高住)に戻ったが、またあっという間に病院へ舞い戻ることになった。
再び主治医やら看護師さんたちから病状説明を受けて、今回はもう病院で息をひきとることになるだろうとのこと。
「お葬式の手配なんかもそろそろ考えられておいてください」

さすがにこれが最期かと思うと、この数年間さんざん苦労させられたこともしみじみと思い出され...とやや感傷にひたっていたら、先日のお見舞いで「この調子なら回復すると思いますよ!」と朗らかに宣言されてしまった。
...えー...えー。やっと終わると思ったのに。
それを伝えてくれた看護師さんは「さあ!喜んで!」という風情だったけれど、どうにもこうにも顔に出た失望は取り繕えなかった。
ずっと疎遠だった家族の関係とか、好き放題やるだけやった挙句に老人がこうなるに至ったいきさつとか、細かく説明なんてしない(できない)ので、回復するよと言われたら嬉しがると思うんだろうな。

この場合の「回復」とは、「死ぬのがまた延期」という意味である。
ベッドの上でただ横たわって食事から排泄からすべての世話を人に預けて、社会保険料をじゃぶじゃぶ浪費している状態を指す。
全身の臓器の状態もとても悪く、肺にいたっては中身がぐちゃぐちゃなので、酸素を最大量にしても苦しい呼吸が続いている。半溺れ状態。
愛情はまったくない相手だけれど、見ているのが辛い。ICUにお見舞いにいくと毎回ぐっっっっったり。

延命治療は望まない、最低限の治療だけで...とお願いしてあるので、老人の寿命が尽きるのを待つしかない。
この「死ぬ死ぬ詐欺」、あと何回繰り返すんだろう。

嫌でも引き受けた以上はきちんと始末をつけたいとか思っていたけれど、もう自分を守る方に集中しようと思う。でないと身がもたん。